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2018/09/09

石原裕次郎とメルセデス300SL 

少し前の話ですが、帰国した際に、銀座マツヤ前に ガルウイングのSLが展示してありました。
松屋といっても、、牛丼外食チェーンの松屋ではなく、ガルウイングのSLといっても、現行AMGのSLSではありません(笑)

見てみると、石原裕次郎展のエントランス展示で、たしか昔は、小樽の石原裕次郎ミュージアムだったかに飾ってあった
300SLでした。
石原裕次郎というと、我々の世代では、金曜のゴールデンタイムにテレビで放映される
「太陽にほえろ」や「西部警察」にでてくる人というイメージでしかなかったですが、
両親と同世代にとっては、銀幕の大スターで、
昭和の終わりに逝去したときには、両親がショックを受けていたのを、よく憶えています。
実は、この車、大学の自動車部の縁で、学生時代に見せてもらったことがあり、
当時見慣れていた縦目のSLと同じく傾斜して搭載されている6気筒エンジンの長いインマニと、
ドライサンプ! そして、直噴のフュールインジェクションに驚かせられました。
下回りは、当時は、アンダーコートで防錆されていて、デフが縦目と同じく、真ん中で折れる
スイングアクスル だったのを記憶してます。
展示車両、今回も遠目に見てみると、エンジンルームは空けてありませんでしたが、
外装の塗装は仕上げてあるようでした。
シルバー塗色は  W124. 500E. の  ブリリアント シルバー でも  もちろん ヘアライン号のナヤリットシルバーや  ブライト系の明るいものではなく、昔風のハコスカみたいな シルバーでした。

車内は、当時はたしか、赤い革シートだったと思いますが、展示は、おそらく当時からの
赤いモケット布のカバーがかけられていて、いました。
外装のテールランプやリフレクターは、オリジナル、新車時からのもののようで、
だいぶ経年劣化が進んでいました。
フルレストアされたピカピカの車両より、大スターの往年の雰囲気が伝わくるのかもしれません。
当時、はやり始めたカラオケ、レーザーディスクで、石原裕次郎の唄を熱唱する酔客が多く、
(今の若い世代では、想像もつかないことかもしれませんが、当時のカラオケってのは、グループで個室で占有できるカラオケボックスではなく、女の子がつく、クラブやバーで、その場にいる人が、順番を待って、ときにはマイクを奪い合って、歌うものでした(笑)。)
なので、飲みにつれてってもらった学生の私も、LPレコード位大きい、レーザーディスクが表示する
ブラウン管の画面に登場する、ヨットにのっている若い裕次郎を、歌詞字幕つきで眺めてました。
そのため、リアルタイムではないのですが、伝承で親しんでいました。
展示の解説を見ながら流れる曲は、当時、小金持ちの おっさんが赤ら顔で歌っていた 「我が人生に悔いはなし」(汗)
石原裕次郎が亡くなったのが52歳とありましたから、その年齢を超えて、振り返るに、
我が人生は、悔いなしといえるかというと、私は、未だ、けっしてそんなことはいえるわけもなく、
後悔と、未練、悔いと、懺悔ばっかりであります(笑)
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