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2018/07/07

名店 八潮市 セントラルオート 結業


 W124修理では名実ともに老舗であった埼玉のセントラルオートが先月末で営業をとりやめました。

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足立車検場の近くにあった旧工場から、郊外の埼玉八潮市に7年ほど前に引っ越して、
代表に児玉さんが
就任して頑張っていましたが、とても残念なことです。寂しく切ないです。

経験豊富、優秀なメカニックが複数所属していて、
往年のベンツの弱点だったオートマティックトランスミッションやパワーステアリングポンプの分解重整備、

エンジンのオーバーホール、巷にありがちな、添加材やシリコンガスケット、
その場しのぎの摺合ステムシール交換だけではなく、

きちんとガイド打ちかえて、シートカットを行う信頼できるところ、
排気量アップ、エンジン載せ替えの公認車検までお願いできるところでした。

サスペンション、ブレーキ、内外装仕上げ、車検等まで
手広く総合的にやって、多くの顧客を抱え、それはそれは、沢山の車のメンテナンスを的確に行い、
ユーザーの評判も良かった有名店であったと思います。

GERMANCARS等の中古車雑誌では、取材協力店として良く誌面に登場していたため、このブログの読者方には
記憶に残っている方も多いと思ます。

いわば、雑誌タイアップ、メディア露出、メディアミックスで、知名度をあげ、技術で対応し、
自然に顧客も増えていっていたのだと思います。

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ところが、この手の自動車雑誌、
特に中古自動車商中心の小規模な広告代理店が立ち上げた編集プロダクションによる
自動車雑誌は、今に思えば、まともな編集企画経験、編集会議でダメだしされたり、意見戦わせる経験もなく、
他の雑誌社でいえば、使い走りのアルバイト、小僧レベルの輩が、一人でお店に取材に行く、わけもわからないのに、
いうことそのままで、タイアップ記事をかく、
広告貰うからどうしても、提灯記事、無責任な記事が増える。校正も編集チェックも不十分。

編集でのチェックをへない、クオリティが担保できない、そうすると信ぴょう性自体なくなるし、
そんな記事は面白くない、安かろう悪かろうの体たらくになります。

おまけに、下請けの編プロ編集、さらに、ライターに孫請けで、制作予算も確保できないから、
記事書く記者が、写真をとる、カメラマン使わない自撮(笑)中心だから写真の出来も、質も低い、

メーカーからの借りポジや写真データー、広報資料、インターネット記事のコピペで記事を書く癖が
ついているから、そもそも、自分でまともな文章が書けない、

製品性能等の批判的な検討や、本来だったら読者が期待する比較記事、
自腹使った、高額な経費つかって書く、調べる記事、お金だして買いたい読みたい 雑誌記事がかけない。
いや、書く意欲も、能力もない。努力もしない。そもそもそんなつもりがない。

こんなタウン誌、フリーペーパーみたいな自動車雑誌が増えたことや
時代の流れも背景にはあって、頼みの雑誌自体が売れなくなり、萎んでしまった。

それにあわせて、
日本の国力低下による円売りの円安で、国内にあったベンツ、貴重なW124なり、500Eの輸出が増える
そうなると、台数、顧客数もパイ自体が、当然に減ってくる。

あわせて、90年代末から2000年代初頭迄であれば、OEM品の価格も安く、しっかりしたボディ故に
消耗品交換で新車レベルに戻る、なおかつ衝突規制後やコストダウン後の車と比べると、
往年のドイツ車の魅力、お得感、コストパフォーマンス高があるという時期もありました。

製造中止から20年を超えても部品が入手できるのは、さすがはメルセデスではありますが、
旧式の80年代のEZLやECU等は旧式の電気部品自体がなくなってるので、製造中止になったり、
車より高い値段になったことも、ユーザー離れの原因だったと思います。

とどめは、配線、ボロボロになるが分割修理可能なエンジンハーネスだけでなく、
当たり前ですが、メインハーネスまで劣化する、ヒューズボックスやファン配線の劣化発熱で
最悪、燃える等となると、とても、日常乗れるようなものではなくなり、
趣味性の高い実用車が、ただの中途半端に古い、対して速いわけでない
何がしたいのか、よくわからない趣味車になってしまうということもあります。

嗚呼、国が悪い、社会が悪い、景気が悪い、時代が悪い、
在日外国人が悪い、ユダヤ人が悪い、
いやあれも、これも、モリカケも、日大タックルも、すべて全部アベが悪い等と、
訳の分からない他の批判してもしかたないので、自己批判的に書きますと、

いい加減なメディア、その廻りの自動車関連の事業者ら全て、を含めて、
自戒の意味を含めてですが、

この車の楽しさ、素晴らしさを 仮パクばっかりで、充分に伝えられなくなったこと、
確かに、手間やお金がかかるけど、それに勝る新たな価値観.や ライフスタイル、人生観を提供できない
作り出さない、産みだしていないことが

車自体が減って、パイが減り、結果、
こういった 真面目なお店が廃業することになった、遠因、原因の一つなんじゃないかと思っています。


振り返れば、今までも、何度か、電気自動車のことや、この車を考えるというところで述べていますが、
長期的に見れば、間違いなくガソリン自動車はなくなっていくことでしょう。

ただ、すべてなくなるかというと、そんなことはなく、
前にも書きました、
私のようなモノ好きが21世紀になっても、人生賭けてやってる馬術や弓、剣術、居合、やわら 等、

江戸時代以前では、当時の主要な交通手段だったり、戦闘訓練手段、武家の嗜みだったものが、
産業、工業、時代、社会の変化の中で形を変えて、

極めて、趣味性の高い部分、美術性の高い部分、真理追求の部分や
体育教育目的や鍛錬健康目的で特化 変容、変節して、形をかえて、
かろうじて生き残っています。

そうなると、それに対応できる、
経済合理性だけでなく、趣味性の高い部分、良いサービスに特化 、変化できたところ、
顧客、潜在顧客を囲い込めたところは生き残る、

価格競争や利便だけに偏ると、馬車、人力車がオートバイ、自動車に変わっていったように、あっという間に
衰退していきます。

自転車にしても、今残っているのは、輸送機材ではなく、
趣味性の高い、競技指向のものや、スポーツ性のハイエンド中心です。
安価なものは、全部、輸入品で免許取得前の小中学生用か、
電動二人乗りママチャリ中心になります

馬なんか、
さらにで、日本では、ギャンブルレースの競走馬が中心で、
移動交通輸送手段のために、馬乗るなんて人は、まったくいない。
軍隊も騎馬兵でなんか戦わない。

残ってるのは、
趣味、スポーツでする乗馬、
馬術、ドレッサ-ジュでも、障害飛越でも、ウエスタンでもそうですが、
主役の交通輸送手段を担っていた昔から見れば、

ものすごく、極端な部分、
160cmの障害を飛ぶ能力、小回りが効く身体や、動じない心、
ピアッフェ、パッサージュ、歩毎のフライングチェンジの調教に耐えられる能力等、
馬本来というより、かけ離れた、極めて特化した能力が求められて、
そのための交配や育成、調教に傾注していきます。

昔の在来馬、日本の環境にあっていた、粗食で丈夫、力持ち、お得感中心の馬なんて、
環境変わって、餌や肥育の手間考えれば、
他の交通手段と比べれば、遅いし、不便だしで、残念ながら、もう、必用にされません。

そりゃそうでしょう、馬一頭、預託して調教運動させる為に要する時間、費用は、
現代の自動車の移動利便対価、時間の、何倍、何十倍、何百倍も高額なので、
利便性や、単純な経済比較だけでは、比較すらできません。

ですので、その素晴らしさ、競技ルール内での能力の高さに特化する、
そして躍動感だったり、一体感、感動や名誉、栄光といった
その裾野を含めて、
ソフト、マインド面を含めて、はじめて、本来の目的とは、異なった、違った部分で
勝負することによって、土俵に立てる、価値観の比較対象になるということだと思います。

つづけますが、刀剣なんて、さらにそうで、
殺敵護身と地位由緒のために袴履いて、大小刀を指して、ちょんまげ結って、
裃来て出かける人なんていません。

そんなことしてたら、総監視社会、通報されて、撮影され、逮捕されます。
なので、社会の枠組みの中で生き残るには、美術刀剣や、芸事、競技としての抜刀居合剣術や競技剣道等に
ならざるを得ません。

これ何かと考えると、
自動車周辺に置き換えて考えるに

社会の枠の中で、
趣味性に特化した部分に対応できる、さらにその素晴らしさを伝えていける伝播できるところでないと
もう無理なんだと強く思っています。

いまだそれが何かは答えがでません

きっと、速さや技術を競う競技だったり、
内燃機関の音、排気音や振動、匂い、機械部品の美しさ、
車のブランドや思い出含めてのノスタルジック、ソフト、ビジュアルとエキスピアレンスなんだと思います。
おそらく、今後もこういった傾向、縮小や統廃合、廃業は続くでしょう、

そんななかで、何を考えて、行っていくのかを、考え 思っています。
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