2015/05/01

ディストリビューターを廃止するには(5) M119 Direct Ignition Study (5)




500Eが世の中に出たのが1990年のパリサロン、今から25年前、ソビエト連邦の崩壊前、まだ冷戦の名残りある四半世紀前とは世の中の構造も仕組みも
大きく変ってきています。

生産国のドイツでいえば、ベルリンの壁倒壊後、西ドイツと東ドイツの統合がされたのが90年の10月です。なので初期の500Eや124の部品の原産地表示見るとWEST GERMANY とあるものもあり、その時代が感じられます。

今考えると、500Eはそのすべてが、旧西ドイツで設計されて、製造された。

ダイムラーとクライスラーが合併する前の話ですから、まあ、とてもドイツらしい車だったんだと思います。

リサイクル、環境規制はすでにあったものの、
旧社会主義国の東ドイツ地区にはまだ工場もできていなく、改革開放後の中国製の部品が入って来るようになる前ですから、製品もやはりドイツらしい。

EU通貨ユーロ統合前のマルクの頃です。

そんなことを、今日からの労働節の休暇、メーデーと社会主義国の盛衰と変容を見ながら思っています。


さて、フルコン化紹介のペースが遅くなっていますが、
着々と進んでいます。月刊誌トランススピードでの連載記事との兼ね合いもあるので、
完了形の報告になりますのはご容赦ください。


思いのほか難航した、点火系、燃料系配管と合わせて、
デストリビューターを外したあとのブラインドカバーを製作しました。
先に紹介したKEのフルコンでは、右バンクにクランク角センサーを装着していますが、
今回は左バンクに日産V8のクランク角センサーを装着です。
チェーンタイミング考えると引っ張る側に着けるほうが良いと思うのでこうしてみました。

当初、デストリビューターキャップを外してそのままでいくか、
MEのフロントカバーを流用しようと思ったのですが、
塩原さんからダメだしがでて、新規製作となりました。

CNC切削でブラストをかけて、硬質アルマイト仕上げのアルミビレットのカバーは、
MEのフロントカバー流用より幾分か色気があると思います。

M119エンジンが登場した頃の西ドイツ。

四半世紀後、遠く離れた極東の日本、
オーストラリア製の32ビットのコンピューターで
日本製の12Hインジェクターとアメリカ製のツインλセンサーで、
アルミビレットのデリバリー製作して、
デスビレス、シーケンシャル制御されるとは思ってなかったでしょうね
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