2013/12/01

あと何年乗れるかな?(1)

毎年、師走の12月、
この時期に、自動車、この車、500Eについて考えることにしています。

私にとって、自動車は趣味、道楽、人生を楽しむツールであり、
限られた時間を有効に使う移動手段、
しかし、まあそれが目的になってる部分もあり、現代の技術を使って~などと、
求道的粘着気質の行動をしてます。 たぶん、そこが趣味性の部分だと思っています。

何かことをしようとするときには、費用もそうですが、時間のことも考えなきゃいけない、
いつなのか、いつできるんかもそうですが、いつまでできるか もそうです。

そこで、限られた時間、今後のことについても書いてみるとことします。

今年のテーマは、「あと何年乗れるかな!」です。

自動車は耐久消費財、修理すれば、部品交換で、
なければ作ればいいの覚悟さえあれば、
ほぼ永遠、半永久的に使えます。部品がないから乗れないという苦労もお聞きしますが、
部外者、外野にいわせれな、真剣に乗る気がないから、集められないんだと思います。

対して人間の寿命は限りあります。貧乏、金持ち、貴賎、貧富の差なく、寿命は来ます。

自分に置き換えれば、還暦まで、10年余、古希まで20年余として、
仮に70才で免許返上?するとしても、あと22年、
自動車免許取ったのが18歳だから、すでに30年、
振り返れば、いつの間にか、もう後半戦です。

来年立春過ぎれば、数えで、もう「知命」です。


さて、先のこと、
1年に何キロ乗るかにもよりますが、仮に年約1万―2万キロとして、
この車、銘車に乗れる距離、約20万から40万キロです。
(実際は、他の車にも乗るから、もっと距離減るんでしょう)

今の6リッターエンジンがラインオフから20年で、2機目、
今30万キロ超ですから、
普通に考えれば、今、えちごやで組んでいる6リッターエンジンか、
更にあと1機、もしくはもう1機がせいぜいです。

私にとって「人生最後に乗る車」だとピンときませんが、
「最後に組むエンジン」だと思うと、けっこう、ダメージあります。ぐっときます。
これが、最後、あと1機となると、こう、末期感というか、
焦り、やるせなさ、先が見えてる感、それでも、なお、もがく
胸が詰まる、あれも、これもの感じが出てきます。

他方、ATは、きちんとえちごやで 組んで、温度管理してからは、
予想外に持ってます。機械式ATの完成形という意味も改めて実感します。

ですので、これも、あと20年で、多くて、2機程度でしょう
722.3のAT、現行については、えちごやの完成版なのでもう
アレンジはほとんどないと思います。

で、エンジン関係、その費用でいうと、6リッター、エンジン組むのに
一昔前なら300万、

いまだと部品代もあがってるので、400~でしょうか?
ATが一機で100万として、トータル、200~300万ですから、
エンジン、ATの合計で、総トータルで600~1100万、

配線、消耗品、タイヤ、再塗装、ブレーキ等考えても、20年でも、
3000-4000万円くらいで
おつりがきそうです(物価上昇がなくて、部品が手に入る前提で(笑)。)

日本の郊外にマンション1件、この車に乗り続けられる。

そう考えると、以外にリーズナブルです。

これ、ピンからキリの、最上級のレベル、開発に近いレベルでこれですから、
やっぱり、長く乗るということは、トータルで節約になる、蘊奥を究めることになると思います。

ここまでいかなくて、通常のOHか、自分で手を動かすのであれば、
1/2か、1/3位、
この車が20年、1000万、1500万、もしくは、500万とかで乗れるとなれば、
これは、とてもお得、スーパーバーゲンだと思います。

ところで、これが、骨董の美術刀剣や焼き物、絵画なんかの収蔵品だと、
自分が死んだあと、誰かに渡っていくのは当然、すごく当たり前のことですが、
自動車の場合なんかだと、どうなるのか、考えますね。


車と接する環境、オーナーの知識や、人的交流、
メンテできる環境、工場や整備サービスだったり、部品供給のソフトだったり、
物理的に車を保存できる環境、ガレージだったりしますので、
博物館に並べるなら別として、動態保存維持はまた難しい課題かもしれません。

この時期、友人の訃報を耳にしたり、逝去の知らせが、喪中はがきで届く、
師走のこの頃は、ときどき、そんなこと考えます。
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