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2021/01/17

2020 GAFA と BATHに 挟まれて、 古き良き日のメルセデスベンツ W124 500Eを通じて、 内燃機関を思い 馬に乗り、剣を振り、やわらをとる(2)

新型コロナウイルスの影響もあり、
紙幣の世界的増刷による、カネ余りが影響してでしょうが、
暮れ行く 落日の帝国の 内燃機関を横目に
落ち込んだ株式市場の復調とともに一時、テスラの株価は、今年年初から約6倍に上昇してます。
(2020年 年末に書いておいた記事です)

宇宙ロケット、有人衛星を打ち上げる効果もあるんでしょうが、
太平洋側の米国から見ると、残念ながら日の沈み入る國、我が国の自動車産業を表すが如くです。

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 そりゃ 人工衛星もあがるわなー

時価総額なんてのは、そもそも株式市場、鉄火場の、
博打うちの張ったBIT金額の倍数でしかないんだけど、
それでも、人気投票の結果であること、近未来の期待値、相対比較には一応の整合性はあるわけで、

発行済み株式総数に、上場している株価をかけた数字、すなわち、
時価総額は、テスラ1社で日本に上場する自動車メーカー全9社、
つまり、トヨタ、ホンダ、日産、マツダ、いすず、三菱、ダイハツ、スズキ、おまけに日野自動車までたした
その合計を追い抜いてます。

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もー、どーにもなりませんがな、

内燃機関、ベンツw124のことでいうと、
もう、時代は自動運転と電気化の中にすすむわけで、
自分で運転する自動車なんてものは、クローズドサーキットの中か、ドラッグストリップ、ショー会場、
もしくは、自宅ガレージで眺める、懐古趣味で楽しむものになるのかもしれません。
いや、なると思っています。

これ別に驚いたことではなく、
自動運転が主流になって自動車間の情報交換が出てくると、古い車でこれに対応してない車は
公道を走れなくなるという日もくるんでしょう。それ以外にも公害や、安全規制の美名のもとに規制されるかもしれないと
思ってます。

世のなか、こんなこと普通に起きますよ、

さて、タイトルにも書いた あと何年のれるかな?2018年  「馬に乗る」
これまでも小淵沢の滞在時等でも書いていますが、

私なんか、午年生まれの母親のお腹の中、
産まれる前から馬に乗って、
今でも、さすがに毎日ではなくなりましたが、
馬の背中で過ごすために、暮らす生活、身体が馬の、ケンタウロスみたいなものです。

こんな人生ですから、この悲哀はよーく、わかります、
口碑でも、さんざん伝え聞いています。

私の記憶には鮮明にはありませんが、
昭和40年代までは、道路も砂利、バラストでした。
田舎育ちだったので、馬はもちろん、田んぼや畑、
郊外での農業、牛、ヤギの記憶もあります。

その前の30年代、自動車が少なかったころは、
ちょっとした田舎なら馬耕や馬運は残っていたようですし、
もしくは都内でも、馬や馬車が道路にいました。

60年代半ばまでは、都内でも馬運業者が 江東区他では残っていました。

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さすがに、
私がオートバイ乗るころになった昭和も50年代半ば、80年代になると、
馬を公道で乗るひとは、都内はもちろん、群馬の田舎でもめったにいませんでした。
(今でも、世田谷の馬事公苑、農大のあたりは、馬が通ってますね)

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 (写真は昭和43年 先頭は日大の故後藤監督、藤沢の厩舎から江の島までの初乗りです。さすがに、いまじゃ無理でしょうね) 

めったにというのは、ゼロではなかったからです(笑)。

大戦後、東西対立と世界的に広がった社会主義マンセーの学生運動以後、
我が国も、産業復興とともにモータリゼーションが進み、
それにベビーブーマーの若者のエネルギーが 加わって、
暴走族、社会問題になり、
二輪車の免許制度まで変えて、それでも収まらず、
しまいには、学生はオートバイに乗るな!

免許をとらない、とらせない、オートバイにのらない 等という
わけのわからない 三無い運動が始まったころ、

私は、愛機集合チャンバーのスズキGT380でのバイク通学が禁止されました。
なので、仕方なく家から、馬で通学したことがあります(笑)。 ↑ こういうのを子供のころから見知ってるから
そういうことするんでしょう

地方都市の中心部にあった家から、朝、
県庁や市役所に向かう公務員や登校する女学生を横目に、

馬で詰襟の上着は学生服に学生帽被って、
郊外に移転した学校、田んぼに囲まれた校舎に登校しました。

自転車置き場を片付けて、馬をつないで、登校したわけですが、
その日の内に、警察官が何人か、学校に来て、校長室で お説教を食らいました。

別に、違法なことしてたわけでもなく、馬も軽車両ですから、
怒られる筋合いの話ではないはずなんですが、
とにかく、もうダメと、ものすごい勢いで、怒られました。

わかりました。
知事公邸や、県警本部長の家の前は通りません、

次は、ボロ、馬糞はかたずけます。
安全のために、学生帽でなくて、
きちんと保護帽、ヘルメット被ります、
なんなら、正装で、白い手袋に、白い乗馬ズボンできますとか、
ブーツは紐なしにしますとか、いろいろ言い訳したんですが、

そういう問題じゃない!ってことで、
多数に押し切られる
世の中の流れの理不尽さを約40年前に感じたわけです。
(中高年にありがちな”武勇伝”として聞いてください)

でもね、みなさん、そのうち、内燃機関の自動車も、こういう時代になりますよ!

赤城おろしに吹かれて澄んだ目をした紅顔の青年は、胸に大志を抱きつつ、
十六歳で時代の流れ、エネルギーや移動手段、産業構造の変遷を身をもって感じました。
その40年後に、同じようなことを感じてます。

まじめな話、
昔の群馬県、いや日本の主要産業であった、養蚕、生糸、繊維産業は、
ナイロンの発明や、産業構造の変化、為替や、人件費、価格競争に敗れて、
幼児から小学生高学年になるころには、なくなっており、

かわりに、とってかわったのが、
家電や弱電、自動車、自動車部品
その工場が郊外にたち、労働力として若者が都会に行かなくても、
地元で働けるようになりました。

国産の石炭から輸入、石油エネルギーへの転換もすでに終わっていたころで、
エネルギーの転換や、物流の変化、産業の変化、いや大変動を歴史や地理、新聞、書籍から
敏感に感じており、これからどうなるんだろうと思ってたわけです。


そう考えると、今、我々が言う、w124の車両の剛性感だとか、
リニアな感じとか、フリクションのない感じとかは、どれほどのものなのかと感じます。

こういう感じ自体は、たとえば、新幹線や飛行機に乗っても感じられます。

しかし、自動車、高速道路で、自由意志で、
自分でアクセル踏んで、加速して、ブレーキ踏んで、荷重かけて、ハンドルを切る、
クリッピングポイントで、アクセルを踏む、リアが沈み込むなんてのは、
もう、できなくなるわけです。

要は、大事故の危険背負いながら、移動することの自由があったわけです。

これは、やがてゆるされなくなる。

きっと、夜のトラックばかりの東名高速の隊列の中を走るような感覚や、
流れに乗って、付和雷同で、協調圧力に従って
事故がおきない(減る)、ヒューマンエラーなく、管理されて
移動することを要求されるようになるんでしょう

夕暮れ時にミネルバの梟ははばたく と題したこのブログですが、
そんな時代がもう目の前に来てるんだと感じます。

思えば、事故を起こさないことを前提に、
高速道路を、制限速度+αで 巡行するなんてことも、
監視カメラ、ドラレコの普及や軽自動車、トラック高速輸送の普及で やりずらくなりました。

都市間移動、キャノンボールが何時間、何分 
2000年代まではOKだったとしても、総監視社会のいまでは無理でしょう

自動運転、電動化が進む、この10年でさらに変わるはずです。

自分で運転することの楽しみを味わえるのは今のうちだと 本当に思っています。

モータリゼーションで、移動のための馬が、一部の町を除いて姿を消したのが、
日本では大戦後、米国では、自動車産業の発展による大戦前です。

その何十年か前に、江戸幕府が大政奉還、近代化の流れで、
廃刀令で公務員集団であった侍階級がなくなり、廃刀令で身分を問わず、刀を帯びられなくなりました。
これも大きな革命であったわけで、私にとっても、身近な話です。

これは、次の機会で
2020/06/24

CARBPY Returns 3  発売中


 毎年 1号を出そうと頑張っている 藤本さん
 今年もなんとか完成しました。











 一人で編集、校正と 撮影、テキスト、レイアウト 1年に1号がやっとだと思います
 3号、良く続いたなと思う反面 中身は充実していて、読んだ後、
 しばらく じーん として、昔はやった音楽を聴きたくなる。
 飲まないコーラを飲みたくなる。
 めったに食べないポテトチップスを、広げて食べたくなる
 
 吸わないタバコを吹かしたくなる、ビールをのみたくなる。

 青春時代を思い出す読後感です

ご注文はこちら





思い返すと、
カーボーイ 八重洲出版の本は、 まちがいなく私の人生に大きな影響を与えた一冊であることに気が付きました。
わたしの Facebookのブックカバーチャレンジでも取り上げた一冊であります。

そこからの抜粋と書き直しですが、

不良の香りのする 改造車 ゼロヨン 走り屋(あれこれはOptionか?)ドリフトなど 一時代の社会現象とまでなった
 「カーボーイ」八重洲出版 

 最初は橋本さん 
自動車修理というより、ボアアップ、排気量アップ、

解体屋、内燃機加工と言ったマイナー分野、世のメディアには出てこない日陰というか下請、
縁の下の力持ち的な話を、
クルマを人より速くしたい というわかりやすい方向に まとめた雑誌でした。 

 当時は、ドアミラーつけてれば、切符を切られるような時代、
 
 もちろん違法改造な訳ですが、
 「俺は暴走族とは違う」という 特異な価値観で正当化してました。


 外観ノーマル、中身フルチューンは この時代の影響だと思います。

 その後、判型を変えて藤本さんの編集力と
 雰囲気、機微を伝える写真の力で、最盛期には週刊文春より発行部数が多かった 
 公称30万、実売で20万部のバケモノ雑誌でした。

 今回は、パイプフレームのドラッグカーがメイン
 表紙になった塩原さんと宮野さんの 人生かけた青春時代のアメリカでの
 シリーズチャンピオンのくだりや
 小峰さん の逸話、
 チキチキマシーンから パイプシャーシの逸話がでています。

 ぜひ、手に取って ご覧ください。

 しばらく感傷に浸る。青春時代をじーんと 思い返す。そんな一冊です。

 一人でじっくり読む、仲間と集まって一冊を回し読む
 そんな楽しみ方もあった、してたなと思い返します

 


2019/06/24

パッケージング優先の アンバランスさ について (2)  偉大な実用車としての堅持

 セルシオとの500Eの比較で、M119 V8エンジンが W124に搭載されることになった切っ掛けを
 マーケット状況のことを踏まえて、前回、まとめてみました。

 ライバル、好敵手、競争相手がいるから、マーケットで競争が始まる、競争の結果より良いものができる

 私が思うに、セルシオがなければ、W124、500Eは産まれてこなかった のだと思っています。

 そんな 例と、神の見えざる手、
 
 そして、消費者が常に正しい判断をするとは限らない こと、
 後世、中古車マーケットで評価されることと、新車販売はまた別なこと等を書きました。
 
 それで、読者から、個別に、お問い合わせをいただきましたが、

 私は、”スポーツセダン”とか いう だれがつけたかわからない
 陳腐な言い方、安っぽい言い方が嫌いなだけで、
 別にこの車が殊更に嫌い、極めて低い評価をしているというわけではありません。

 過去に、この車の魅力、良い点、欠点、改良すべき点等 について つらつら 
 書き連ねておりますが、
 「趣味性の高い実用車」であると思っています。

 私の思うに、ダイムラーベンツ社がもつ強い方向性は、「パッケージング優先の車づくり」です

 当然、当時の主力車種のミディアムクラスは、パッケージング優先、
 大人5人が快適に乗れて、荷物も充分に運べる、時速200Km/hで巡航できる 
 もちろん、4気筒モデルでもそれが可能な優れた車でした。ミドルクラス、後のDセグメントの
ベンチマークになる車であったと思います。

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 昔の 北米のカタログ資料見返してたら、こんな画像がありました。
 ロアアームの中心より、前、ハブより前にV8エンジンの中心が鎮座しているのが良くわかる透視図です。

 私が言う、”駅弁”マウントです。

 大して、ボンネットの中側に大きく入り込んで、トランスミッションのベルハウジングがあるのがわかります。

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 なんで、こんなことをしたかというと、基本設計がもともと4気筒であったことと、
 空調機器、エアコンのエバポレーターや大型のシロッコファンを、バルクヘッドのエンジン側におくことにより、
 室内容量を大きくしたこと、特に助手席足元の広さは、シロッコファンやエバポレターをエンジン側に追いやったことによる
 領土獲得の結果だと思います。

 左右の開いたスペースには、伝統的にフカフカのブレーキ、巨大なマスターバックと
 助手席側にはバッテリー(8気筒ではトランク)を鎮座させてます。

 荷室容量も金科玉条で確保したいですから、バッテリーもエンジンルーム(8気筒はトランク)で、
 スペアタイヤはフルサイズ、500Eになって幅広タイヤになっても、荷室確保優先で、
 空力が悪くなるのを知らなかったのか、もしくは、知ってても、
 あえて、荷室優先で、下に出っ張らせて、トランクはフルフラットに仕立ててます。

 ここらへんは、メルセデスの融通の利かなさ、パッケージ優先の金科玉条でしょう


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 北米モデルのウインカー、後期になって、米国でも異形ライトが解禁されてます。
 バンパーのナンバーデリートパネルが 北米モデルらしく、カッコいいですね


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 エンジン全体と、スピンドル、ハブの位置関係が、良くわかる図です。
 重たくて、重心位置の高いエンジン、フロントの荷重増に対処するため、
 太くなったスタビライザー、フロントのショックアブソーバーにはリバウンド用のスプリングを加えてます。
 ポルシェがしたといっても、その程度のセッティングか(笑)という お話しだと思います。

 その分、前軸荷重が大きいですから、重量に頼った高い、高速安定性、
 セダンの宿命で高速でフロントリフトが起きても、前軸重量の多さで抑え込む、高速走行の安定感は、
 w124由来のキャスター角とあわせて、秀逸です。

 その分、当然に、タイトコーナーワインディングは、ホイールベースの長さと、
 ロール過大、ぐらりとくる、収まりがつきづらいと
 苦手なわけです。

 フロントのエンジンファンは、オフセットされて、助手席側、エンジン回転と反対の逆回転で、
 バランサーの役割もあります。エンジンファン外すと、エンジンのザラツキが感じるのはそのためです。
 M117より、ここは進歩してます。
 
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 リアのマルチリンクサスペンションは190Eゆずり、トレッド幅が広くなったのに、アーム長さが一緒だから、
 190Eほどの、動きのしなやかさは少なく、当初は評判がわるかったと記憶してます。
 
 そのためか、W203、W210になってから、タイロッドリンクの長さ、取り付け位置を、変えています。
 
 ちなみに、W124 後期モデルで、リンクのボルト類がM12からM10にサイズダウンしてます。

 500Eには、ワゴン譲りの油圧レベライザーが、エンジンタンデムポンプで駆動して装着されています。
 こちらも、セルシオのエアサスに対抗してと思うと、納得がいきます。

 無断引用や広報報道のうけうりで程度の低い”ゴっちぁんライター”が書いた記事みますと、
 巨大トルクに対応するべく、油圧レベライザーにしたとか書いてありますが、大笑いです。

 2.82のファイナルに2速スタートで、1730キロの巨体では、M119のトルクは、別になんてことありません。
 セルシオのエアサスに’対向してのギミックプラスアルファでしょう

 レベライザーは、姿勢維持(車高)には効果的ですが、
 走行、空転時のトラクション維持を考えたら、沈みこませて、リア荷重を前後ロールセンターで
 出して、LSDで掻いて進むのが定石です。ドラッグレース、荷重移動考えればわかることです。

 

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 上から鳥瞰で眺めた 500E  やはり、端正で美しい姿です。 
  Eセグメント車が巨大になった昨今では、このサイズの車が少なくなった、
 Dセグメントの Cクラスのサイズの大きさが 取り回しがよいので、この車の魅力の一つでもあると思います。



2019/05/31

500E倶楽部 ブログ10周年 10YEAR ANNIVERSARY

CARBOY RETURNS2 に広告なんぞを出稿したのがきっかけで、
大昔のCARBOY世代の友人から連絡をいただく機会がありました。

当時は、ロータリーでRX3(S102A,S124A)やSA22Cに乗ってましたので、
そういうイメージが強かったようで、ベンツ乗ってるのが意外だって言われました。
丁寧にブログ読んでいただいたようで、10年もやってるんだねーと言われました。

言われてみれば、このブログを始めたのが2009年5月だから、確かにもう10年です。


s新生ヘアライン号[2]

 この写真は、雑誌連載中、外装のレストア、前後ガラス、外装品、モール等を全部外して、
 ナヤリットシルバーで 全塗装したときの写真、雑誌ではつかわなかったかな?

その前に、GERMANCARS誌に「500E倶楽部」のタイトルで連載開始したのが
2005年7月ですから、もう14年も前のことです。

中古車広告主体の広告代理店が、下請けの雑誌編集プロダクションと作った、
外車中古車雑誌だったので、ほとんどが提灯記事だったり、借りポジ(メーカーからの提供データー)や拾い記事で
お世辞にも、決して質の高い類の雑誌ではなかったですが、
その分、編集方針みたいなものも寛容で、基本、毎月4P枠で自由にやらせてもらってました。

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 こちらは、連載後期、FRPのダクト付ボンネット、UFCDアンダーカバーを装着して、熱対策に一応の成果を得たあと、
 まだカーボンルーフになる前、その前哨で作成したドライカーボンのサンルーフがついています(笑)
 さすがに敏感な私も、この程度の重量変化ではわかりませんでした(汗)

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 同じころ、えちごや 清州工場での写真、フロントパイプに加えて、リアマフラーを装着したところ、いままで、
 いくつ 500Eのマフラー、フロントパイプ装着、見てきたかわかりませんが、
 このときのものが、その後のベンチマークになっています。
 このころは、OSのLSDも装着してあります。
 リアのトランクのタイヤハウス、カットしているのわかりますか?


途中、雑誌不況の逆風もあり、編集プロダクションが背伸びして印刷工場なんかに
手を出したこともあり、アポロ出版自体が民事再生で破たん。
編集プロダクションはぶんか社に譲渡されて、雑誌コード引き継いで頑張ってましたが、
残念ながら隔月刊となり、店頭で見かけることもほとんどなくなってしまいました。

連載末期に並行して始めたブログは、
雑誌の記事と違って、連続してテーマを深く連続して記載することができること、
文章量の制限がないこと等のメリットもありました。

毎月5本程度の記事を書こうとしてましたので、もうすぐ1000号に届くようになりました。

その間、世の中の流れも、社会の仕組みも、もちろん車を取り巻く環境も大きく変わり、
ガソリンエンジンが続く間は!といってたのが、そろそろ、先が見えてきた感もあります。

毎年、年末にはまとめ展望で、これからのことを書いていますが、その時にまた、
お話しできればと思います。
2019/05/15

CAR BOY RETURNS 2 NOW ON SALE !!

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 すでにご紹介済み、お手元に本がある方も多くいらっしゃると思いますが、
  CARBOY RETURNS 2  無事 刊行となりました。

 トップの写真は、一人親方で編集している藤本さん撮影、 在りし日の仙台ハイランドの最終レース
 ヘアライン号で、普段より多めにバーンアウトしたときの一枚です

 探し出してきて アッしていただいたようです。

500E倶楽部

 ロゴは前回と同様、藤本さんのこだわりのフォントデザインで まとめてます。
 FOREVER YOUNG AT HEART 

昔少年だった中年、老年も 毎年一歳づつ歳をとる、身体も衰える、病気にもなる、仲間もだんだん減っていったり、
 早世したりするけど、 気持ちは まだまだ わかいんだぜー って心意気の啖呵です。

 

500E倶楽部 編集後記4
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CARBOY RETURNS 2

 今回は、リンクで藤本さんが記事をまとめてくださいました。
 私の場合、センパイ、ご同輩方々とことなり、人生に大きな影響をあたえてきてもらった雑誌で、
 その後もかかわってた部分もあるので、すこしでも応援したい という気持ちなのですが、残念ながら

 本当にシュミ、道楽でやってる自動車道楽なものなので、営業内容といっても、
 まさか、多国間M&Aの仲介とか 国際租税回避タックスプランニング とか 
 乗用競技馬売買とか 柔術の教授とか そんなことかいても しょーもないので、
 
 特殊チタンボルトの企画製造販売としていただいています(笑)
 
 もう、ほとんど、W124 500Eとは 関係ないです。
 そのネジを使うことができるというだけで、まったく関係ない そもそも、500Eにも w124にも純チタンでも
 6-4チタン合金でも ボルトにも コンロッドにも そんな高価なもの使ってません。

 ようやく 近年になってM156・159のスペシャルモデルになって初めて64のチタンコンロッドだったと思います。
 
 そんな、まったく、ほとんど関係のないことですが、右に回せば、締まる、左に回れば緩む ネジに
 ついては、多々な思いがあるわけです(すごく ながくなるので また あとで)


 すでにオークション雑誌等では今回も高値取引がはじまっているようですが、
 そんなところでなくても お近くの本屋、アマゾンでお買い求めいただけます