2017/09/21

CARBOY 2017 不良のすすめ

 CARBOY の藤本さんが 今年になって新たな活動を始めてます。

 CARBOY2017  往年のコンテンツに当時の裏話、今から見る話、現在のことを付け加えて、
 SNS 連動で うまく纏めています。

 そんな中、カーボーイの黄金時代、左開背閉から
 右開きのホチキス二点止めになって紙面が拡充変更、カラー紙面が増えてから、
 数年たった頃の話、今思えばバブルの頃、1990年の記事がアップされました。

CB1990-04BAD1.jpg

 タイトルは ”夢見る不良少年” です

 東京タワーがまだ日本で一番高い鉄塔だったころ、ジェームスディーンのポスターとあわせ、
 前に映ってるのは
 藤本さんがイギリスから輸入した自家用車、コブラです。

 このWEB記事 CARBOY 2017 では ベンツのこと W124、500Eのことが書かれているので転載します。



以前、キャンプ用のクルマとして、W124のベンツを購入したことがある。
バンは嫌だった。セダンのトランクルームに、機能的なキャンプ用品を、
こっそりと積み込むことに、そのときは精力を注いだ。

で、300Eだったのが不満で、500Eを購入しようと思った。

知り合いに頼んだり、いろいろと手配をかけていたのだが、
なかなか思うようなタマがなかった。

そして、いろいろと考えているうちに、ふと気がついた。

ああいう種類のクルマというのは、しっかりとお金を持っていて、
キチンと遣うことができるヒト用なんじゃないだろうか?

あそこに短パンで乗るとしたら、清水の舞台から飛び降りるつもりで
買ったエルメスの短パンではなく……なんで、短パンなのかは、いまでは不明(笑)
色違いの短パンを数本同時に買ってしまう人種のためのクルマなんじゃないか?

そんなことを思って、結局500Eも、E500も、購入をやめた。

偉そうにいうなら、自分なりの美学というか、
カッコよさ追求であります。

岸和田生まれの、だんじり育ちの人間が、
東京に出てきて、少しずついろんなものを手探りしながら、
自分なりの価値観や、美学らしきものを構築し始めて、
そいつをダイレクトにCARBOYという雑誌にぶつけてみた。

ま、そんなとこですかねぇ(笑)

おっと500Eと言えば、知り合いに、
新部さんというヒトがいて、500Eをベースに、
病気かと思えるほど、細部にこだわりを爆発させている。
彼のブログを見るたびに、ため息が出る。
人間のこだわりというのは、どこまでの範疇をいうのだろうか?
ここまで、やりますか~? こんなことまで、こだわりますか~?


 と、私のこと、ブログも書いていただいています。

 なんか、嬉しいですね

 でも、不良少年、不良とワルって紙面では分けてますが、
 不良っていうと、私の言語、感覚では、たぶん当時でも今でもなんですが、
 広域指定暴力団の構成員とか、テキヤ、博徒等の総称の俗語、
 って感じしますね、
  
  その昔、自動車改造は、基本違法改造だったから、
  そんなことするのは エネルギー持て余した連中が
  非合法承知で 暴力自体も伴って数を頼んで行動する 暴走族 だったと思います。

  基本アウトローで、不良、不良くずれ、準構成員、なんらかの関係がある人や
  ケツもちだとか バックだとか そんな話も散見してました。
  
  喧嘩や小競り合い、乱闘も、事故や故障と同じレベルで考えてましたし、
  潰し と称する 自動車の意図的破壊、器物損壊や窃盗やら、
  恐喝、強盗、傷害、暴行等もあったように思います。
  木刀や鉄パイプ、ナイフや日本刀や部器まで積んでる人もいたと思います。

  今は、反社会とか、コンプライアンスとか、
  動画アップだったり、録音アップだったりで、
  お行儀は良くなったのかもしれませんが、
  アウトローには、まあ、生きづらい世の中になってます。

  そんなご時世に改めて、不良少年を懐かしむ 秋の夜長です。
2012/11/27

午前零時の自動車評論3



アマゾンへのリンク

 沢村慎太郎氏の評論新しいのが出ました。
 サクラムの宇野さんからもご推薦いただいている名著です。
 こちらに500Eについての記載がありますので、ご興味がある方は是非ご覧ください。

 テキストばかり、画像なし、イラストなし、写真なしで、車のことを掘り下げて、書くライターの気概が
 感じられます。

 500Eのどこが良いのか、氏の観点からみた高説は一読の価値ありです。

 長く乗っているオーナー、バラバラに分解してから考える、同じ車を複数比較して考える、
 ボディ補強もスポット溶接の箇所から考える私みたいな特殊な使い方(笑)のユーザーからは、
 やや方向性が違うように思いますが、自分で所有せずに、車を短期間、短時間、ぱっとのって、
 これを導き出す自動車ライターの観察眼の凄さを感じさせる一遍です。

 ぜひお読みいただき、オーナー諸兄のお考えをお聞きしたく存じます。
 
2012/02/18

三宅伸吾さん出版記念パーティー@日本工業倶楽部%500E


googleの脳みそ へのリンク

先週、金曜の夕方、日経の編集委員、三宅伸吾さんの出版記念パーティー
[Googleの脳みそ-変革者たちの思考回路-」 に行って来ました。

一見、自動車道楽には関係のないことのように思いますが、私の思うに、
実は、規模の大小の差異はあるにせよ、スタートの部分、背景の部分では、
共通している部分、深く関係する部分、根っこで通じている部分もあると思うので、
あえてお知らせしたいと思います。


場所は丸の内の明治期から由緒のある日本工業倶楽部、
デフォが、運転手付きのセンチュリー、
中には警備パトカー先導のセンチュリーが並んでる場所に、
20年オチの 500Eで自分で運転してくのは私位だったと思います(笑)

この本、著者の三宅さんとは学生時代からの友人で、夜を徹して口角泡を飛ばす議論を重ねたり、顔突き合わせての検討をして来た古くからの仲間です。
多忙な彼も、畏れ多くもこのブログも見てくれてるそうであります。

そんなことを聞くと、赤面の至りですが、同じ物書きでも、愚鈍な私などとは異なり、
彼の文章、洞察力は間違いなく日本でトップクラスです。慧眼ぶりは、学生の頃から頭一つ抜けてましたし、
本気で夢中になっていた、楽しいと思って仕事していたと思います。

その結果、若い頃から各界からも高い評価を得て、30代で日本経済新聞社の編集委員になりました。
恐らく史上最年少なんじゃなかったかと思います。

加えて、礼儀正く、律儀で好奇心旺盛な彼は、記事を書いたり、本書く度に私なんぞにまで連絡をくれます。
だからと言って、彼の本を宣伝する訳ではありません。
しかしながら、正直、ちょっと悔しいけれど、私が不惑になってから読んだ本の中で一番面白いといえます。

私にとって、自分の仕事についてはもちろん、
求道的になっている趣味道楽についても、それを通じた人生観について、
考えさせられる一冊ですので、関連する皆さんにここで紹介してお勧めする次第です。

いやね、この車、500Eに乗ることのできた人、今のってられる人というのは、なんだかんだ言っても
実は選ばれた人、経済的には恵まれた人で、内容の差異こそあれ経営者の立場にいる人、
自動車が大好きでそれが商売になった人、これから自分でリスクをとってその道を歩こうとする人が
相当数、いると思います。

そんな諸兄には、ぜひ、手に取って読んでいただきたいとおすすめする本です。

パーティの中で、今ときめく、GMOの熊谷さんもスピーチしてましたが、リンクへ楽しいと思える事への集中力、の大事さを教えてくれる本だと、私も思います。

また、ライフネット生命保険の岩瀬大輔さんは「大好きなフレーズです」として、同じくスピーチで、

『「前に進もう」「チャレンジしよう」「社会をよくしよう」。

リーダーのこうしたパッション(情熱)はよどんだ空気を入れ変える。
自己満足の追求が、社会に有益な製品やサービスそして様々な変革をもたらすとき、個人の野心や欲求は「大我」となり、人を魅了し支援者を増やす。当初、ホラ吹きと揶揄されても、くじけず遇進すれば、いずれ多くの人にとっても夢と理解され、いつの日か実現する--。』 
などとと言ってました。


 これを聞くとね、私たちがやってる事も、こんなちっぽけな自動車道楽も、大上段にかぶれば、根本は、一緒なんじゃないかと思っています。

 だから、自己満足の追求でありたいし、大我にいたる過程の、野心や真理追求の欲求は、ある時期では、
ホラ吹き、大馬鹿、何にも知らない素人、であっても、続けていれば、やがて実現化する、そんなこともあるかもしれない、そんなこともあるんじゃないかと、話を聞いて思いました。

スピーカーの方々、著者の三宅さんや私もそうですが、実はリアルタイムで、ネットバブルの中を通過してきました。だから、ベンチャー企業の栄枯盛衰、塀の中外の綱渡り、この移り変わりを見て実際に来た一人ではあるわけです。

 この車、500Eが出た頃、渋谷の街がビットバレーなどと呼ばれていて、短パン履いて好きなこと、夢中になることの夢を語ってた若僧が、こうして何人かは生き残って、スピーチしてるの見ると、なんか不可能は、ないんじゃないか、できるんじゃないかと 物凄くポジティブに思えてもくるわけです。

 それは、マクロには、時流に乗ったIT産業だから良かったということだけではなく、実際にミクロの部分では、やっぱり、好きなことでないとできなかった、生き残れなかったわけです。
 この斜陽かもしれない、アナクロな自動車道楽の部分でも、それが好きでやっていけるなら、まだ洋々の前途はあると私は思っています。


最後に、著者が締めの挨拶で言ったことには、原題は「謀反のススメ。」だったそうです。

本の中で彼が引用する。Googleのトップのいう、「許可を取って仕事を進めるより謝った方が楽!」という
名言を、彼の解釈では、「文句が有るなら掛かってこい!」と翻訳してました。

さて、これを私流に、意訳解釈すると、
『ワクワクすることのススメ』
「そう出来るように廻りの環境も整える、変えていこうとする気概」だと思っています。



 さて、さて、この車道楽、通じて見える先、見る先は、何なのだろうかと、再び考えています。

 シュリンクしていくマーケット、お客さんがお金をつかわない、もう時代じゃない。
メーカーが悪い、何が無い等と愚痴、文句、不平を言う前に、
 本当に好きなら、野心や欲求があるなら、夢中になれるなら、リスクをとって続ければいいし、

 その気概もない、楽しいと思えない、夢中にもなれないし、集中力も維持できない、
 おまけに、工夫も、変革もできないっていうなら、
 とっとと尻尾を巻いて逃げ出す、他の道を探すべきだと思います。

2011/09/01

OPTION誌と500Eの関係




最近、オプション2 面白いですね

梶編集長の尽力でしょうか、同じ三栄書房ではオートワークスとならんで家で何度も読み返す記事が多いです。

今月号は、SCOOT小関さんの4ローターFDと三重大学でのS2000エアロ風洞実験が秀逸でした。

両方とも、雑誌メディアでないと、表現できない良い写真、良いテキストを
コンビでまとめた 良い記事だと思います。

私はオプション誌では書いたことないですが、実は創刊号の頃から愛読してます。

確か創刊号はゴロワーズカラーのSR311だったか、雨宮SA22C RX7の室内、TRDメーターにRDレーダーの写真だったか 街道レース的なアンチな雰囲気だったと思います。

500Eつながりで言えば、福野礼二さんも、桂伸一さんも、オプション誌では面白い記事書いてましたね。
昔話ですが、ゲンロク元編集長の田中達也@AMG6.2も、雨宮デッチチューンのサイドポートエンジン載せて
SA22Cで登場してました。学生時代から編集部でアルバイトしてたんでしょうね。
その後、某放送局に就職後するも発売直後のFC3Sをチューニング三昧に入るわけです。
キャノンボールに出たいからという理由で渋谷系放送局辞めたのは彼だけでしょう(笑)

そう、この雑誌がなければ、その後の氏が雑誌デイトナの編集となること(新車で勝った964のポルシェターボを高速で大破させてた(汗)も、
ゲンロク、スペシャルカーズで500Eが登場することも、これだけ500Eブームが熟成されることもなかったでしょう

その意味で、実は500Eともヘアライン号とも共通の解、背景を持ってる雑誌です。
ぜひ皆さんも読んでみてください
2009/05/28

編集後記というか筆者放談

今回5月8日号で書いた、ダイムラーの株主総会の話、
オンブに抱っこ(もしてもらえない)の、三流(中古車)自動車雑誌で書いてもしょうがないんだけど、ダイムラーだめですね。

 車の数増やしすぎました。

 21世紀はブランドとデザイン、知価社会の時代だと、いわれたのは、知財学会での堺屋太一の挨拶だったでしょうか。
原価200円のスカーフをエルメスが作ると3万円になる。150倍の価値と日本の話をしていたと思いました。
で、ベンツ、ブランド価値低下させて、デザインも悪くなった。

 勝負どころのS,Eクラスが売れない。苦手な廉価車、Cクラス以下で2/3の売り上げですから、これじゃあ小型車が得意のトヨタに負けますというか、勝負にならない。 
 アラバマや旧共産圏に工場造って、三望星つけてもドイツの車じゃないですね。

 対して、ポルシェVW・AUDIはまだ強い、

 その昔、80,90年代だったら、AUDIは農夫が乗る車とか、フォルクスワーゲンは労働者が乗る車、水冷ポルシェの頃、経営に失敗した前世代の車などと思っていた相手に見事抜かれてます。 対して、BMWは天晴れですね。買収したMINIのブランドと自前のデザインで、まったく、イギリスのMINIとは関係の無いMINI造って売れてます。
ロールスロイスにしても、そうですね。こっちは、まったく関係なくはないけど、マイバッハと比べれば偉そうだし、現に売れています。商業的、経営としては成功です。

 そういえば現ポルシェのDrヴァンデリン氏は、余程ダイムラーのことが嫌いらしく、補助金泥棒だとか、F1のペースカー出してとか、経営戦略の失敗悪し様にいっていますね。

 実は、もう15年も前、日本に来たときに自動車工業会の縁でお会いしたことがあって、創業家筋だとは聞いてましたが、たしか購買部長がまさかCEOになるとは思いませんでした。

当時、何某氏がいったことですが、
ポルシェが作ったベンツを買う人はいても、
ベンツが作ったポルシェを欲しい人はいない(笑)

15年たって、ブランドの価値を改めて感じます。