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2022/03/03

W124 500E ラスト コンサート 2022年版 計画(4) トランス シベリアンどころちゃなくなっちゃいました

2019/02/08 ウクライナのレストア W124 500E Restoration in Kief, UKLAINA.

ロシア経由で欧州まで ひとっ走りと思ってましたら、
 きな臭い話が発火して、ウクライナとロシア 事実上の戦争状態になっちゃいました。

 のんきな日本も渡航中止勧告だしたようです

 まだ宣戦布告はされてはいませんが、14年から東部では反ウクライナ独立派とウクライナ政府軍とで
 衝突があり、今回は、北京オリンピック後に、ロシアが満を持して ドンバス地域における特別軍事作戦を開始し、
 ロシア系民族の虐殺阻止、人道的配慮で、ウクライナドネツク、ルガンスク両国を承認。ロシアの同盟国に、

 なので、同盟国に対する支援ですから、侵略戦争じゃありません。ベトナム戦争も、朝鮮戦争も同じ理屈です

 戦争状態は、終結するどころか戦線は拡大し、ウクライナ首都のキエフ空爆や、原子力発電所への攻撃もどうも始まったようです。

 ウクライナ自身、旧ソ連自体は武器としての核保有をしており、独立当時は一説には数千発の核兵器を保有するも、放棄。
 攻撃力がないのに、防御機能のない時限核爆弾みたいな原子力施設を抱えてるわけです。

 こりや、トランスシベリアどころじゃなくなっちゃいました。

 大国のこの手の軍事作戦は、短く終わることは少なく、年単位で続くでしょうから、新コロナ終結後も、北ルートはしばらく難しそうです。

 前にも話しましたが、キエフにも、ロシアにも 500Eオタクつながりの友人も、何人もいますし、オイルパンも購入いただいてます。
 
 ほかにも同国にも同国出身の友人も多く、タイで知り合った柔術の弟子も、キエフ出身、旧ソ連軍 特殊部隊出身の剛の者ですし、
 両国とも、サンボ出身のグラップリング愛好者も多く、パタヤやパンガンなんかは、ロシア人、ウクライナ人率が非常に高いです。
 
 こちらでは、多くのウクライナ人、ロシア人は、寒さを逃れて南国タイやタイの島リゾートで暮らしてます。
正業はなんだかわからないけど、おそらく、みなさん相当に裕福な方たちも多い、正直、出身、得体のしれない人たちです。
 
 そんな方から聞くに、身近なところですと、なんでもクレジットカードが使えない、銀行預金がロックされたようで
 海外発行カードや、資産、収入のない人は、宿代や食事、その日の生活に困り始めてたり、
 不動産投資しようとしてた人たちも代金決済ができない、手付金が流れるなど、など結構混乱してます。
 
 気を見て敏というか、先を考える傾向の強い私なんかですと、
 我が国の行く先を考えるわけです。 みんなウクライナ応援してるようにも見えますが、でも、どこの国も、直接、軍事支援してません。

 ドイツは、2月27日に就任したばかりのオラル・ショルツ首相、現代ドイツの外交政策を一変させました。
 大きく、国のかじ取りを変えて、脱原発やGDP2%軍事費拡大、武器輸出禁止を転換した演説をおこないました。
 ここまでの方針転換は戦後建国以来初めて、旧ドイツ帝国時代の第2次世界大戦前を想起させるレベルです。

 彼ら、方向性きまると、もう時速250㎞/hで走りぬける人たちですから、世の中の流れは大きく変わるでしょう。

 マクロで、原油は上がるでしょうし、通貨変動幅は増える、物流費もさらに上がるでしょうね
 うーん、世界一周どころじゃないですが、まあやらなきゃならないことを続けてます。

 あー、先のブログ書く前にアメリカは自国民向けに退避勧告だしてました。
 そういう危機感も大事ですね 

 戦争ってのは、両方が正義(だと思って国家戦をおこなう)だし、結局強いほう、運が良いほうが勝つ、
 周りの関連当事者含めて、弱者は、選択枝が少ない、国離れる、仕事を変える、資産を移す、よそに行く手段も決断もできない
 わけですから、どんどんつんでいって、呼吸もできなくなる というのが歴史の示すところです。
2022/02/22

W124 500E ラスト コンサート 2022年版 計画(3) 海外旅行のすすめ ユーラシア大陸横断

 
 いまさらですが、こんなときこそ、海外旅行のすすめです。

 昭和40年 生まれとすると、海外旅行というのは ある種独特の思い込みがあります。
 
 とくに小学生のころ、70年代なんかそうでした。ドル持ち出し制限があったとか、プラザ合意前、
 パック旅行が当たり前のころでした。

 英語が話せれば、世界と通じられるなどといわれてたころです(笑)

 海外旅行=飛行機で、
 そんなあこがれもあったのか、時間に追われて忙しく生きていたからか、
 飛行機では、旅客としては、 地球何周分も乗って、
 JAL亀タグ、エメラルドステイタスまで乗りました。
 
 自分で操縦も、最近は、レシプロ単発ですが、週2-3日は 真面目に乗っているので、やや おなかいっぱいです。
 
 なので、自動車、自家用車 できれば自分の車で世界を旅行したい! 
 ヨットやボートでは、自家用小型飛行機でより、私には現実的じゃないし、クルーズ船は もっと年取ってからでいいや(笑)

 さて、自分の車で海外旅行をしたい、大陸横断をしたいなんてことを、島国日本で 考える人なんか 
 まあ いないって思ってましたが、意外にも、そう思う人はいるようで 反響がありました。

 で、気を良くして

 簡単な順 以下 備忘です。

 ユーラシア大陸にわたるにはいくつかルートがありまして、

1. 福岡から釜山まで  かめりあライン

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 書いてて気が付いたんですが、椿=カメリア で かめりあ なんですね
 チョーヨンピルの”釜山港へ帰れ”の椿咲くの意味が 今になってわかりました。

2. 下関から釜山 関釜フェリー

 日韓の協定で日本のナンバーでそのままいけます。ただし、車検証上の所有者が運転者でないとだめです
 所有権留保やディーラー名義所有者の場合は要注意!

  下関から乗って、玄界灘超え、夜が明ける頃には、海雲台!〽 チョンハへの道! @新井英一 

 
 
 福岡からだと 昼発の夕方着です。 ほかにも大阪南港発もあるようです。

 上陸時に釜山で保険加入でいけます。

 自走で北朝鮮の休戦ライン、38度線まではいけます。

 平和ボケの平均的な日本人だと思いつきもしませんが、第二次世界大戦(大東亜戦争)の後、
 1945年 ポツダム宣言受諾(8/14)と降伏文書締結後(9/9)、朝鮮半島は連合軍の軍政下
 ソビエトと米国によって48年まで分割統治 建国委員会が設置され、
 それぞれの影響下で朝鮮民主主義共和国と大韓民国が成立。50年から両国は戦争状態になります。

朝鮮戦争です。

 現在の民族分断の歴史は、日本の韓国併合、統治がそもそもの原因となったもので
 現在は休戦しているものの、今まで続く悲しい歴史を感じる部分であります。

 話戻って、釜山からソウル、38度線までは、これは大昔に経験済み 
 感じるに レンタカー借りて旅行するのと あんまりかわらない、レベルです。
 
 昔は、白バイの先導サービスとかありましたけど、いまはないんでしょうね? たぶん

 でも、今は 翻訳ソフトもあるし、ナビもあるので、昔よりは きっと 楽でしょう。

 ソウルの街を日本からのW126で運転したことありますが、結構、注目度 高かったです。


3. 境港から韓国東海、ウラジオストック

   旅客減少で、現在閉鎖中? RO_RO コンテナいれないで移動できるかは不明 難易度は1,2に比べて高いけど
   ウラジオストックまでいける

 以上は、カーフェリー旅客同一便の定期航路

 以下は、国際カルネ/国際ナンバー 関連

carnet800 (1)


画像は ユーラシア大陸横断をされた 青山さん omnipot blog から
 
>自動車カルネ(正式名"AIT/FIA Carnet de Passages en Douane")は、自家用自動車(含自動二輪)の一時輸入の通関手続きを>簡素化する書類です。
>これによって一時輸入された自動車は、その国に登録する必要はなく日本登録のままで外国を走行することができますが、定>められた期間内に再輸出しなければなりません。
>国境またぐと課税関係が生じるので、カルネ条約批准国は、カルネ(カード)があれば、所定条件では課税がされません。

 
JAF ATAカルネ

 車両が日本で登録されており、車検が切れていないこと
 必ず日本へ持ち帰ること
 カルネ名義人本人が海外へ渡航すること
 滞在国への持込期間が、その国が定めた期限を越えないこと

carnet.jpg

carnet2-1024x616.jpg

 ただ、ごらんのとおり、条約加盟国(以外にすくない、そもそもEUや米国は加盟してない!)だけなので

 韓国、中国やロシアはこのリストには入ってない、そもそも条約加盟国が限定的なんですが、
 韓国は日韓協定、中国は別途通関と一時利用許可(免許も)、
 ロシアも別途通関、トランジットなり、ビジネスビザ、一時輸入でなんとかなるようです

 陸続きで車の往来が多いところは、一時輸入制度があります。
 
 様式美のすきな日本人は、通常は、カルネとって、いわゆるローマ字表記にした 国際ナンバープレートつくるんですが、
 実のところ、なくても大丈夫のようです

 そもそも、韓国は加盟国じゃなかったのでか、関釜フェリーからはカルネなんか 要求された記憶もなかったですね
 

 まあ、海外で写真とったときには、ひらがなナンバーのほうがインパクトありますが、
 日本もってきて、記念のためにナンバーは作っておこうかなと思います。

 EuAFGscU0AU3VRd.jpg


 作り先は 小松自動車工業 最近 品川陸事から すこし遠くに移転したようです
 車検証をもとに 登録証(3か月以内)添付すれば 作ってくれます。

 
 EuAFGscVIAE154z.jpg


 なので、ここから下は、やや難易度があがります。 つまりコンテナにつむか、RORO船見つけて 自動車だけ運ぶ


3. 韓国経由 ロシア ウラジオストック(前述、おそらく日本で唯一の三国間フェリー)
4. 韓国経由 天津

 3は、旅客同一のフェリーでいけるか、運行再開次第

 コンテナやROROだと 人は別便、 自動車だけ 通関に加え、コンテナだとデバックがあるので 
また難易度が一段階あがります

5. コンテナ、ROROで 天津、上海 直行
6. コンテナ ROROで シンガポール(ATAカルネ)ASEAN協定で マレーシア、タイ、ラオス(もしくは、カンボジア、ベトナム)で中国へ(4と同じ)

7. そのあと、中国から極東ロシア(たとえば、イルクーツク)経由でモスクワ

8. もしくは、最南に下って、シンガポール(コンテナ・RORO)から マレーシア、タイ、ラオス、中国雲南経由で 陸路 ロシア
9. そのほか コンテナ、RORO 使えば 多々
 
 てな感じです。 日本の主要産業は、まだ自動車なのでRORO船は世界各地に出てますが、割り込んで乗せてもらえるか
 が問題、コンテナで部品といっしょに運んでも、全量を自動車に積んでいける走れる量しかもっていけないので、
 ROROのほうが楽といえば 楽 などなど

 新車以外でも、日本の中古車とかオークションで輸出してるから、結構需要あるんでしょうね

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 いわゆる自動車専用船、RORO そういえば、北米アメリカからは自分でも、何度か運んだことありましたし
 日本からもイースタンライナーでも コンテナでも 運んだことありました  笑)

 いや、人生、いろんなことやってます

 備忘で記載しておきます
2022/02/02

W124 500E ラスト コンサート 2022年版 計画(2) そうだトルコにいこう! アジアン ハイウェイ

新年快楽!

そうだ、トルコにいこう! といっても、

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 写真は、吉原 台東区千束  江戸町通り 老舗の角海老のある通りです

個室付き特殊浴場の風俗営業法 旧“1号営業“でいうソープランドの旧称 トルコ風呂じゃありません

何を隠そう、私、けっこうこの業界、風適法には詳しくて、
いくつもバミューダだとかケイマンとかの法人にSPC(特定目的会社)作って売買してます。

規制で新規設立許可が認められないから、魅力的なわけですよ
規制=保護です。 なので坪当たり賃料が当時 仕事してた 六本木ヒルズなんかより高くて、
そこの営業やってる法人をオフショアのSPC法人にする需要が節税目的等ではあったわけです。

その昔は、投資優良物件でした。なので、登記簿みると結構外国会社の所有、持ち分だったりします

こっちのトルコはそういうわけで、さんざん現地調査(笑) まじめに精査したので、もうおなか一杯です。

そこで、ユーラシア大陸横断して、中東トルコまで、ヘアライン号で いこうと真面目に思ってます。

そう思ったのも、吉原の帰り、首都高一号上野線を抜けて、C1 日本橋 首都高通ってたら 
見慣れぬ看板{AH1」が目に入りました。

これです。C1外廻り 野村證券近くです。 ここも たくさん ご縁がありました

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へとへと証券の前から 出発して おいぼれが 疲れマラの ポンコツベンツで トルコにいく! 

おお 夢があるじゃないですか! ひらめきましたね 

老法律家は昔話が増えるといいます。

その昔、不正競争防止法ができる前、商標侵害事件で
ディズニーランド事件というのがありまして、知財にうるさいディズニーが同名のアダルトショップだか個室マッサージ
だったか、ソープを訴えた事件がありました。

この判例評釈を学生時代にしたのですが、
まあ、判決は無理くり感丸出しで、(まともな反論しなかったのもあるんでしょう)
「男の夢」と「ディズニーランドは子供の夢」 なので、夢と夢とで、誤認混同があるなどという
ウルトラ苦しい判決、がありました。

そうだ、ソープランドは「男の夢!」「夢をたどって、古きを訪ねてトルコにいく!」
懐旧のロマンじゃないですか! と思ったわけです。

そうなんでよ AH1 アジアハイウエイです。吉原から日本橋通って、トルコにいけるんですよ(しつこい)

東京日本橋から、トルコのイスタンブール抜けて、ブルガリア国境まで続く、全長約2万キロ の 自動車道路です。
日本国内分はこれ

日本橋から 東海道 山陽道 下関抜けて 九州福岡まで
世田谷 Jオートの横通って、東名 往年のF&S 浜名湖を通って
SJ えちごやのある名神までは 通いなれた道

そこから先の京都大阪神戸までは 馴染みありますし
兵庫のセントラルサーキット、岡山の岡国もまあ、土地勘あります。

そこから広島の先だと、だんだん馴染みがなくは なりますが、山口、下関、
九州 福岡まで は 日本語が通じますし、ガソリンも 部品調達も 大丈夫でしょう(笑)
最悪故障しても積載で運べます。

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そこから先、関釜フェリーにのって、自動車運んで
釜山 부산   の 海雲臺 해운대 までは、前に ソウルまで運転して オービス光らせたくらいなので
何とかなると思います。

昔は、スマホGOOGLEマップなんかなかったですが それ考えると今は便利ですね

なので、韓国まではなんとかなります。

板門店から先、北朝鮮の開城は よほどのことないと、まだ無理でしょう

そのため、仁川戻って、中国にいくか、 ロシアに行くかで 結構その先が変わります。

中国も免許臨時でなんとかなるけど、車の一時登録、省毎でしょうから けっこう大変ですね


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 地図で見ると、北朝鮮飛ばして、韓国からフェリーで、ロシア、ウラジオストックまでいくか
 
 仁川から 大連なり 煙台まで、中国経由で いくかのルートです


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ところで、前にもお話したかもしれませんが、
実は昔から、旅行 一人旅が好きでした。卒業旅行はシベリア鉄道使って、世界一周でした。
上の図でいう北ルート 緑のルートに近いです(89年はまだ、石炭蒸気機関車でした)

なんでだったかは覚えてません。 めざせモスクワです

shiberia11.jpg
 
 客車の車両は今でも変わっていないようです。私のときもこんな感じでした。
 北京北駅からの出発です。


昭和64年、平成元年の大学の卒業旅行@予算約2000ドル(笑)

当時、円高を背景に、週刊朝日だったかで10万円で世界一周みたいな記事があったり、パック旅行に飽き足らない人や
若者向けに、格安航空券という言葉がでたての頃で「地球の歩き方」みたいなガイドブックが書店には沢山並んでいたころです。

そんな時代背景もあり、シベリア鉄道に乗りたいと思い、色々調べたんですが、
東西冷戦の名残あるころで、ソビエト、中国の自由旅行なんて夢のまた夢。

そこでトランジットビザを利用すれば何日か滞在できることに気が付き
昭和の御時、東京で、西側諸国、アメリカ、フランスと、
東側だけど、一番ビザが取りやすかったポーランドの査証とってから、英領香港に渡りました。たしか三万円くらいだったかな?

前述のとおり、中国は日本からは、自由に旅行できなかったので、まず飛行機でカイタク空港時代の
香港に行って、CITSで中国のビザとって入国。

まだ清朝の残りの、九龍城砦があった九龍半島の紅磡駅から、
大埔経由で、国境超えて、まだ何もなかった深圳駅、そこから上海、北京にいって、シベリア鉄道の片道チケットを、
安値で買って、片道、北京―巴里が安値で200ドルでした(いわゆるブラックマーケットですね)。

中国は、もちろん、社会主義陣営ですので、東側諸国のビザは取りやすかったんです。
なので、まず北京で、シベリア鉄道で経由国のモンゴル、ソビエト連邦、(ポーランドは日本で取得済)、東ドイツ、チェコスロバキア(当時)、ユーゴスラビア)を取得して
北京北駅から張家口、モンゴル、ウランバートル経由でソビエト、バイカル湖湖畔のイルクーツク、首都モスクワまで行って、けっこう高いお金出して、ボリショイバレー見て、

そのあと、ポーランドのワルシャワは、知り合ったポーランド人の縁でワルシャワ大学の寮に転がり込んで、
東西分離だった東ドイツのベルリンまでが、前半

と長くなるのでここまで、 昔の写真は日本の実家変えればあると思うので、そのうち
探して、FACEBOOKにでもアップしようと思います。

今回は、列車でなく、ヘアライン号、自走でいきたいなと思い、タイヤや 部品の心配、修理工場の心配や
通関、仮ナンバー、カルネ等考え始めて時間をとられてるのが、更新が滞りがちな理由でもあります(笑)

と、月日は百代の過客にして、の奥の細道ならぬ、シルクロード、一帯一路の夢
につながるわけです。 

2022/01/24

W124 500E ラスト コンサート 2022年版 計画(1) どうしようか? シルバーステーツクラシックか?

新年の計は 元旦にあり などと申しまして といいますと 落語の枕のようでもありますが、

当たり前のように使っている西暦、太陽暦では1月、
明治維新までつかっていた旧暦では12月師走、
同じ暦を使う中華圏では春節前のあわただしさの最中ですし、

当地 タイ王国では、冬至過ぎて約一か月、太陽が真上にくる時間が増えてくる暑い夏の始まりを感じる頃です。

ながらく国を離れて暮らしていますと、
師走独特のあわただしさ、日本の正月の凛として、引き締まるような独特の雰囲気や 
旧暦の正月近くの 節分や 桜咲く時期、新年度の感覚は、その土地、自然天候をもとにした、
人々の暮らしの中で共通理解として感じるものであって、絶対的なものではなかったんだなと感じます。

そもそも四季という感覚も、世界共通のものではなく、絶対的なものではないんだと、この年になって
改めて気が付く次第です

そういう私は、この時期でも、当然のように半袖短パンですし、
稽古で、すこし体を動かせば稽古着が重くなるくらいの、汗をかく気候でして、
よーし、正月だからといって、裏地額裏のついた羽織に正絹の袴じゃ もう汗だくでどうにもならず、
もっぱら、エアコンの効いた部屋で、絽や紗の単衣です。
袷の着物なんか冷房あっても着ようと思いませんし、そもそも、もってきてません。
なので、どうも、なんかこう締まりません。

なので~というと言い訳になりますので、毎年書いてる これからのこと、
どうしたいか2022年版を忘れないうちに書いておくことにします

といいますのは、
何年か前にえちごやの皆口さんと話していて、(w124、500Eに関する車道楽の)ラストコンサート(ラストダンスだったかな?)なんにする?という、話になりました。

まあ、人により、それぞれのステージがあるわけですが、こと、この車に限って、
考えると、そのときは、漠然と、ヘアライン号 500E、
馴染みのあるアメリカ、ネバダに車を運んでシルバーステーツクラシック(公道使った速度競技)に出たいななどと話してました。

silberstate.jpg

シルバーステイツ クラシック チャレンジ

 日本ですと OPTION誌のDAIさんが 350Zで挑戦したので記憶にある方もいると思います(コースアウト、横転しちゃった)
 お隣ユタ州のソルトフラッツのスピードチャレンジよりは 敷居が低そうなイメージです

ラスベガスの北にあるHIKOから 約92マイル離れたLUNDまでの州道318号線を使用しての公道スピードチャレンジです。

 

course_map.jpg


 イメージですが、 ヘアライン号ですと 速度クラスで、
 グランツーリングってことはないから、ファイナル2.65に戻して、300km/h ターゲットにしたいから、
 ロールケージと消火器他、入れなきゃならないでしょうなどと考えていたわけです

 昔、もう20年近く前ですが、
 米国の500ECSTASYという掲示板が盛んだったころ、ご夫婦で500Eで参加された方がいたので、
 お話伺ったことがあります。そろいのレーシングスーツにヘルメットで かっこよかった記憶がありますが、
 残念ながら 写真が見当たりません。

 私自身、米国でも運転免許取って、車乗ってましたし、ネバダはカジノやGAMINGの仕事で頻繁に往来していたので、
 とくに抵抗はありません。
 
 カルネ通関で国際ナンバーとって、フェリーで運ぶのも、コンテナ入れて運ぶのも経験してるので、
 まあそんなに難儀ではないという思いもありました。

 その背景には、まあ、日本や経済社会への閉そく感もありますし、
 貧乏人の生活交通手段であり地方自治体の独自税収を支える”軽自動車”や
 物流を支えるワープア大型トラックも時速80キロで往来する高速道路に

 一億総コンプライアンスで、低値安定の ご時世ですと (昔の)高級車に乗って
 300km/hで公道レースなんてのは、まあ無理という事情もあります。

 無理して、日本でいる必要ないやということで、米国だったり、フェリーで 下関から釜山まで行って、
 ソウルまで スピードチャレンジ!等と考えた次第です

 そうこうやってるうちに、もっと良いことに気が付いたわけです(笑)

 ヒント 「そうだトルコ風呂にいこう!」


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 つづく

2021/12/29

近況報告2021 12

近況ご報告
12月になって更新をしていなかったため、死んだのではないか等のお話も伝え聞きまして、
反省して近況のご報告




タイ王国 フアヒン コートロウ島にて
毎年、12月は1年を振り返り、くる年や先のこと 車のことを書いています。
この一年は、8月に一年遅れの東京オリンピックのために帰国して、その前後、例年のように
小淵沢で馬と過ごしていました。
ヘアライン号もこのとき、サスペンションの測定、アーム計測とリンク設計をやりましたが、
その後は、帰国してしまったため、大きな進展はありません。
まもなく、同じチームエスコートの安藤号のタイムアタックシーズン準備のために
チーム総出でかかりきりになったということも原因であります
その結果もあり、2021年12月 日に、筑波サーキットでもコースレコードを出しました

50秒233 です。
動画見てもらうとわかりますが、
筑波サーキットが、ジムカーナコースのように見えます。バックストレッチやメインスタンド前なんか、
あっという間、1コーナーがヘアピンに見えます。ダンロップ下なんか、もうダッチロールです。
私が最初に走ったサーキットは筑波なんですが、まあ、同じコースには見えません。
本庄サーキット位に見えます!
とはいえ、ヘアライン号由来のチタンボルトや1gでも軽くのビレット加工は、
「すべてのサーキットでコースレコード!」に微力ながら役立ってると思います。
それで、他は何をしているかといいますと、
飛行機の操縦訓練続けてます。
年取ると、やり残したことを考えるんですね

写真は、タイ空軍の輸送機C130で降下訓練(笑)のとき 終わった後なので笑ってます 他は軍事機密(笑)
ホアヒン飛行場にて
普段の練習は、CT4というレシプロ6気筒の単発機、セスナより頑丈な軍用機ですので、耐Gが強く、
宙返り、アクロバティック飛行もさせてもらって、Gを堪能してます。
単発操縦訓練が終わったら、次は双発免許に挑戦したいと思ってます。
その次はジェット(機種別)ですが、うーん、ここは難しそうです。
アメリカまでいけば、ファントムは操縦できるかな?
ところで、馬術は、こちらでアフリカ馬疫という馬の伝染病の影響で馬の輸送ができません。
そのため、残念ながら自分の馬にはまったく乗れず会えずで、借り馬で、ほそぼそと忘れない程度でやっています。





 こちらも、フアヒン、王様のリゾートですね 海岸にて フライトスーツ着て馬乗るのは初めてでした
そのぶん、同じくライフワークの武芸については、稽古の時間も増えて、やわらとり 年甲斐もなく
ひたすら鍛錬重ねてます。
さて、本ブログテーマの自動車のこと W124 500Eのことについては といいますと
メルセデスのみならず 各メーカーが 内燃機関の廃止を打ち出してますのは
何年も前に、既報のとおりです。もう、この流れはかわりません。
化石燃料がなくなる前に、内燃機関の灯が消えるのは間違いないでしょう。
そのため、いつまでも、永遠にさえ続くかと思った、ベンツの伝説の部品供給も 変節しました。
時代と同時に方針も変わりました。もう、小手先で、普通の人、中間層、アベレージが乗れる車じゃないと思います。
高度1万mで ジェット機乗ろうとする輩がいうんだから間違いないです。
新品部品がいつまで買えるなどというのは夢物語です
3Dプリンタの活用で、プラスチックや金属部品は少量生産が可能ですが、
80年代の旧世代電子部品、半導体他は部品メーカーの製造ライン自体がなく、後継品に代替されてるので
絶望的です。在庫価格は保管コストや残存需要でどんどんあがります。
よく引き合いに出されるEZL イグナイターなんか、素の500E用でも、いまじゃ定価が約89万円です。
インジェクター制御のLHやベースモジュール自体の供給もなくなりましたので、中古をごまかして修理できるのも、
時間の問題でしょう
純正オリジナルが好きな方は、コンクール用に保存しておいて、
足で転がす、のるなら、フルコン稼働させたほうが良いですよ
私も、古いおバカな8ビットマイコン、グループ制御モデルに、何十万円もかけて修理する気には、
そもそもなりませんので、
だいぶ前にMOTECにして、気筒別シーケンシャル制御です。ボッシュMS電子スロットルも制御できます。
本当に良かったと思います。
今思うに、点火EZLと燃調LHが不調なら、
32ビットの賢いフルコンにして、各気筒別制御、シーケンシャルにしたほうが絶対に、
安いしお得です。この流れも、おそらく、かわらないでしょう
最新のM1モデルでしたら、そもそも自律なので、特別な事例を除きセッティングすらいりません(笑)
おかしなヒューズや、朽ちた配線、劣化した端子も、全部引き直して、リレーレス、ヒューズレスの電子制御にPMDでできます。
あと、いまになってもお話を聞きますが、笑い話の、ディストリビューターのリーク、失火、
原因、オイル、湿気について
何度もお話してますが、私、一度もなったことありません。
最初は、保管状況、室内、空調付き保管の諸条件なんだと思いましたが、
近年の状況を鑑みるに、見てみると、エンジンの圧縮が抜けててて、
ブローバイガスが多い。これが原因でしょう
そのためディストリビューター内に
クランクケース、ヘッドからのブローダウンガスが増えて、クランク室、ヘッドカムカバー内の圧力が高くなる。
おまけに、そういう車は、たいして回せない、多くは、燃焼管理も点火も管理がきちんとできてない、タイミングチェーンは伸びる、
バルタイはずれるから、
未燃焼ガス、水蒸気、オイルを多量に含んだブローバイガスが、
ディストリビューター内に噴き出て悪さするんだと思います。
つまり、ピストンリング、シリンダーが摩耗してるわけです。
走行距離が多い車でこの状況の場合、はい、まず圧縮圧力見てみましょう。
WISでは10.5~12.5が規定値で 8.5bar 下がったら要OHです。
圧縮抜け、エンジン腰上、ヘッドのバルブ当たりによる場合(つまりシリンダーヘッドのバルブガイドの摩耗ガタと
バルブシートの摩耗)と、シリンダーブロック腰下の場合(つまりシリンダー、ピストンとピストンリングの摩耗)があります。
走行距離がいった500Eですと 最初に腰上で圧縮が少し減って、
次に、腰下で大きく圧縮減というのが通例です。
腰上だと、ブローバイガスは増えませんが、腰下だと如実にブローバイガスが増えます。
ヘッドカバーあければ、スラッジで真っ黒で、
インマニの中上から覗いてみれば、オイルがたまってるはずです。
固いオイルいれれば、ピストン、リングの密着が高まるので、圧縮はあがりますが、
それは、すなわちシリンダーの摩耗を示しているわけです。
はい、もう、こうなると、これまでの小手先の軽整備では無理です。
エンジンおろして、ヘッドばらす、シート、ガイド打ち換えるという作業が必要になります。
これ、できるうちに、ガスケットが手に入るうちにしておいたほうがいいですよ!
もう、そういう時代になってきたんだと思います。
そのために、どうしようか、なにをしようかを 考えましょう
みなさま どうぞ良いお年を!